「失礼します。」




その軽やかな口調、スラリと伸びた手足、豊満な胸、整った顔立ち、

この世のモノとは思えないまでの美貌に、冬獅郎は一瞬、書類を書くことも忘れて見惚れてしまった。

容姿端麗、頭脳明晰、世界中を探しても これだけデキル女はどこにも居ない、

それが彼女のキャッチコピーだった。




か、どうした?」




ハッと我に帰り、軽く咳払いをして書類に目を落とした。

しかし見惚れはするものの冬獅郎は、このという人物がどうも苦手だった。嫌い、といってもいい。

まさに苦手であり、嫌いとするタイプの象徴。

も自分の事を嫌っているだろうと、冬獅郎は見当をつけていた。

常に真一文字に結ばれた口は、冬獅郎を見るときにはいつも以上にキツク閉ざされた。

普段は遠い一点を見るかのような瞳孔も、冬獅郎を見るときは冷たく光った。

そして唯一冬獅郎だけが、職場でのやむを得ない場合を除いて、すれ違っても挨拶の“あ”の字もされた事がなかった。

この3点セットがそろえば、いくら鈍感な人でも気付くだろう。

生憎冬獅郎の鈍感力は人並みだったので、出会ってから数日で彼女の胸中を見ぬいた。




「本日、松本副隊長は体調不良の為、ご自宅で療養されるそうです。」

「・・・そうか」




あいつ、またサボる気だな。




「それとまた、午後4時から、定例集会がございます。」

「分かった、ありがとな。」




気まずい沈黙が流れる。どうした、早く帰れ。

心の中でそう呟くと、チラリと横目で彼女を見る。

キリっとしながらも大きな瞳と目が合った瞬間、心臓が飛び出てきそうなまでに宙に浮いた感覚を覚えた。




「な、なんだよ?」




冬獅郎は動揺を悟られないように、机の上でユラユラと波を立てている緑茶をじっと見つめた。




「それはこちらの台詞ですが。」




そういわれれば確かにそうだ。彼女を見たのは自分からなのだから。

言い返す言葉が見つからない場合、とても簡単に、かつ自然に話題を変えられる言葉がある。

逆接、英語でいえばbut。こんなに単純かつ明確な単語を考えた人類は素晴らしい。

負けず嫌いな人ほど、自分が不利になると必ず逆接を用いるのではないだろうか。

それが本当かどうかは定かではないのだが。




「つかさ、別に俺は構わねぇけどよ、お前、俺のこと嫌いだろ?」




唐突な質問に、しばらく沈黙が続いた。

まさかも、冬獅郎がこんなにまでの大胆な発言をするとは思いもよらなかっただろう。

“なんか文句あっかよ?”とでも言いたげな冬獅郎の表情を見て、

は顔がほころびそうになるのを気力で繕い、こう切り出した。




「隊長は、テナンの話をご存知ですか?」

「テナン?」




冬獅郎が聞き返すと、は少し間をおいて、淡々と続けた。




「ピセアダイという若者が、テナンの顔を見て憎まれていると思って彼女を殺してしまいます。

 そこへ神が現れて、彼女の心臓を開いてみると、彼への愛で一杯でした。」




の瞳が、冬獅郎を捕らえた。




「テナンは愛する時の顔と憎んでいる時の顔が一緒だったんですよ」

「・・・まさか?」




聞き返した3文字は、あらゆるニュアンスを含んでいた。

冬獅郎は、ある程度の確信を持ってを見上げた。

それと同時に、が冬獅郎の方へと近付いた。




「な、なんだよ?」




虚しくも、彼女はその質問に答えなかった。

軽く目を閉ざし、鼻と鼻がくっついてしまうまでの距離まで近付いた。




「おいっ―――」




一瞬の静寂。

突然の出来事に、冬獅郎は目を瞑るのも忘れていた。

心臓が激しく脈を打つ。唇から伝わる熱が、思考回路をすべて停止させた。




「それでは、本日4時からの集会、お忘れになりませぬよう」




長いようで短い沈黙を、彼女はまたいつもの口調で破り、執務室を後にした。

残された冬獅郎は、ポカンと口を開けながら空を見つめていた。

冬獅郎がすでに芽生えている、とある感情に気付くのはもう少し後の話。